◆紅◆

 

皆が寝静まる夜に、一介の武士がこのような寝所にて肌を露しなければならない裏には並外れた忠義と覚悟があった。

それも一夜に留まらず、度々寝所から押さえきれず漏れる男の艶声が聞えた。

この国で一番権力を持つ者の寝所の御簾をくぐる前までは白い単衣を折り目正しく着ていても、御簾を越せばすぐさま

帯は解かれる。その忠義と覚悟とは、武士団の勢力争いに一人の武士が身を投じることで秩序が保たれるのなら恥で

はない。自分を見捨てずに罪を預かってくれた棟梁の為なら命さえ惜しまない。

 

「頼忠、院はおまえに何を望まれているのか分かっているのだろうな」棟梁は院の情けを断れない話と分かっていても

頼忠に問うた。

「この体一つでお役に立てるなら穢されるとは思いません。それに私がお仕えしているのは院の他ありません」

と、きっぱり言い切った頼忠はすでに羞恥という感情を捨てていた。

 

今宵も院の欲望はその奔放さで頼忠を乱れさせる。

一度果てた院の体は少し興奮が治まったのか、院よりも多く果てて体力を落とした頼忠を愛おしく後ろから抱く。

「幾度抱いてもおまえは余を快楽に引きずり込む。底なしの快楽はこの体のみにあらず美貌も原因じゃ」

と頼忠の顎を掴み自分の方へぐいと引き寄せる。そのまま正面を向かせると単衣の袖口から何かを取り出した。

金箔を貼った上に花車が描かれている見事な蛤の小物入れである。院が蓋を開けると鮮やかな紅が貝に塗り込められ

ていた。

きっと高価な化粧用の紅だろう。そこで頼忠は嫌な予感がした。

「これ頼忠、じっとしておれよ」

院は薬指の先に紅を付けると頼忠の下唇をなぞり、さらに上唇にも紅を引く。これには流石の頼忠も無表情ではいら

れない。思わず目を伏せ眉を寄せた。

「恥ずかしいのか、頼忠。今更余の前で恥ずかしいもないであろうが、おまえの知らぬ所も見ておるのだよ」

公達の間では男も化粧をし雅を競い合うのが流行っているが武士には無縁のことである。

「美しい、美しさに色香がますます零れ落ちるようだ。

余はおまえが憎い。この国の権力を得、欲しい物は手に入る。しかし私には美貌を手に入れることは出来ない。

美しいものを愛する余も美しさの一つでありたかった。だから己自信が美であるおまえが憎いのだよ」

頼忠は院の言葉をどう理解していいのか判らない。ご自信を嘆いているのか、一体これは夜の戯言だろうか。

しかしこのまま黙っていたら訳が解らないまま憎まれなければならない。

「美しいか美しくないか、私には自分を判断出来ません。院のご功績は後世までも残りますが、たとえ私が美貌であっても

永遠に続くものではありません。失われるものを憎んで何になりましょうか。ましてや取るに足らぬ私のような者でございま

す」

と言ってから差し出がましいさを謝った。

 


「よい、よい、その代わり。

美しいおまえが己に乱れる姿が見てみたい。余には出来ないことを叶えさせておくれ。余を締め付けるその場所を

自分で慰めてみよ」

「!」、頼忠は院に途方もない性欲の深さを感じた。紅を引くだけでなく、自分で慰めると!

しかしこれは院の戯れではなく、頼忠への執着の強さなのだと気づかない。

 

長い指が己が花芯の奥で柔らかい皮膚を弄る抵抗感は次第にやるせない心地へと変わっていった。

いや、そのはずだった。

言われればしなければならないが、感じさせたり感じる期待感がなく次第に使命感を意識し始めた。

このままではいけないと

頼忠は思う。本来自分に対しても感情的でない為、何か欲情を湧かせる対象に置き換えなければ冷めてしまう。

 

これは自分ではない、私を攻め立てるのは私ではない。院?いや違う。院はそこで見ているではないか。

目を閉じた頼忠に浮かんだのは一人の男。あの男なのかもしれない。都の者ではなさそうな、

それにしても滲み出る優雅さと包み込むような自信。一目見ただけなのに強烈な印象を残した狡賢い微笑の男。

しかし見知らぬ相手なら気が楽だ。

幻想の中でその男が頼忠の花芯を開き戯れる。聞いたことのない声まで聞え、優雅に笑いながら動きは強く激しくなる。

次第に体の奥で動く指の感覚が自分のものではなくなり陶酔している。

「あ、あっ」思わず声が出てしまった。紅を引いた頼忠の恍惚とした表情は寒気がするほど振るいつきたくなる。

すでに院は目が欲情で潤み、もう見ているだけでは治まらない状態まで勃っている。

思っていた以上、頼忠の妖しい色香や己が体に乱れる凄まじさに魅了された。

「頼忠、見事じゃ、もうそれ以上余に見せ付けるでない。余の負けじゃ、この後は余がおまえを可愛がってくれよ。」

 

院にとって頼忠はただの夜の為の性奴ではない。

美しいもので一番気高く儚いものを手に入れる実感と、叶えられないものを備えている頼忠への憧れである。

憎いとはそれほど愛おしいのだった。

 

 

宝玉は描き忘れではなくて院には見えないのです。それにしてもチャチなボカシが邪魔だったり・・・。

頼忠の体が芸術品(内も外も)であれば隠すことの方がいやらしいぞ。

いつか勃発するであろう翡翠 vs. 院を描きたいな、コミックでもSSでもいい。