皆が寝静まる夜に、一介の武士がこのような寝所にて肌を露しなければならない裏には並外れた忠義と覚悟があった。
それも一夜に留まらず、度々寝所から押さえきれず漏れる男の艶声が聞えた。
この国で一番権力を持つ者の寝所の御簾をくぐる前までは白い単衣を折り目正しく着ていても、御簾を越せばすぐさま
帯は解かれる。その忠義と覚悟とは、武士団の勢力争いに一人の武士が身を投じることで秩序が保たれるのなら恥で
はない。自分を見捨てずに罪を預かってくれた棟梁の為なら命さえ惜しまない。
「頼忠、院はおまえに何を望まれているのか分かっているのだろうな」棟梁は院の情けを断れない話と分かっていても
頼忠に問うた。
「この体一つでお役に立てるなら穢されるとは思いません。それに私がお仕えしているのは院の他ありません」
と、きっぱり言い切った頼忠はすでに羞恥という感情を捨てていた。
今宵も院の欲望はその奔放さで頼忠を乱れさせる。
一度果てた院の体は少し興奮が治まったのか、院よりも多く果てて体力を落とした頼忠を愛おしく後ろから抱く。
「幾度抱いてもおまえは余を快楽に引きずり込む。底なしの快楽はこの体のみにあらず美貌も原因じゃ」
と頼忠の顎を掴み自分の方へぐいと引き寄せる。そのまま正面を向かせると単衣の袖口から何かを取り出した。
金箔を貼った上に花車が描かれている見事な蛤の小物入れである。院が蓋を開けると鮮やかな紅が貝に塗り込められ
ていた。
きっと高価な化粧用の紅だろう。そこで頼忠は嫌な予感がした。
「これ頼忠、じっとしておれよ」
院は薬指の先に紅を付けると頼忠の下唇をなぞり、さらに上唇にも紅を引く。これには流石の頼忠も無表情ではいら
れない。思わず目を伏せ眉を寄せた。
「恥ずかしいのか、頼忠。今更余の前で恥ずかしいもないであろうが、おまえの知らぬ所も見ておるのだよ」
公達の間では男も化粧をし雅を競い合うのが流行っているが武士には無縁のことである。
「美しい、美しさに色香がますます零れ落ちるようだ。
余はおまえが憎い。この国の権力を得、欲しい物は手に入る。しかし私には美貌を手に入れることは出来ない。
美しいものを愛する余も美しさの一つでありたかった。だから己自信が美であるおまえが憎いのだよ」
頼忠は院の言葉をどう理解していいのか判らない。ご自信を嘆いているのか、一体これは夜の戯言だろうか。
しかしこのまま黙っていたら訳が解らないまま憎まれなければならない。
「美しいか美しくないか、私には自分を判断出来ません。院のご功績は後世までも残りますが、たとえ私が美貌であっても
永遠に続くものではありません。失われるものを憎んで何になりましょうか。ましてや取るに足らぬ私のような者でございま
す」
と言ってから差し出がましいさを謝った。
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